育ての観点から言えば

幼児は泣き出しますだから私はよく

幼児が小学校低学年のころはほぼ毎日

大きくなるにつれて、ほめてもらいたい人がお母さんから友達や先生、社会と変化はしてきますが、まずはお母さんに認められたいのです。ここでもうひとつ気をつけたいのが、何か嬉しいことがあったときにその喜ぶという表現のあり方です。息子さんは(これもタイプが様々ですが)どんな喜び方をするタイプですか?「やったー!みて、みて、みて!お母さんみてー!」という、「ふつふつふつニヤリ」という、感情内向型「あのとき、嬉しかったなぁー」という、わかりにくい型もちろん喜び方などは人それぞれですし、こうでなければならないということもありません。表現がお母さんほどうまくなかったり、あるいは下手くそなことが多いように感じます。お母さんが喜びに対してダイレクトに表現するのに対して、男の子というか男性は、喜んで見えなくても、心ではニヤリこれは「男の子は泣いてはいけない」というように社会全体の中で、感情を表現することを良しとしない文化の影響でしょう。

育児していることなどすっかり忘れられるこの時間があるからこそ

その昔「男はだまって00ビール」というCMもありました。男の子は社会の風潮を敏感に感じて、喜ぶことを抑えたり控えたりするようになります。そのため、「わかりにくい型」が見られます。しかし、心の中では喜んでいるのです。とても嬉しいのです。お母さんからすると、わかりにくかったり、とても喜んでいるようには見えないかもしれませんが。

 

育ても完成間近です

子どもにはまったく通じません図書館や銀行、病院などにある本は皆の物。自分の本よりも取扱いは丁寧に。それは皆が気持ち良く読めるように、ということです。また、図書館の本は、決められた期限までに必ず返す。約束を守らないと次に借りたい人に迷惑がかかるというルールも教えていきましょう。スーパーやデパート、商業施設は遊び場ではないので、走り回ったり他の人にぶつかったり、ないように気配りしてください。

育児の捉え方私の場合もちろん大声は禁物です迷惑がかからスーパーなどで、手当たり次第に商品を触ったり、箱を開けたりするのはいけないことです。商品はお金を払って買うものであること、他のお客さんやお店の人にどのような行動が迷惑になるのか、しっかりと子どもが理解できるまで丁寧に教える必要があります。人を気遣う優しい心で、皆が気持ち良く過ごせたらよいと感じるあたたかい気持ちを育てたいものです。出かける前に親子でリハーサルはいかがやデパートの買い物の場所での公共の乗り物を利用する時、病院や冠婚葬祭など特別な場所、またスマナーは、出かける前にしっかりと教えておきたいものです。その場でアレコレ言っても子どもには分かりません。

子どもは前向きにチャレンジできます

ときに、その姿が第一に思い出されます。子どもの運動とか活動とかを考えるそれにくらべると、現在の幼稚園や保育所の子どもたちは、何と虚弱なことでしょう。全くたくましさを失っているというよりほかはありません。とくに室内での保育の多い園の子どもたちの中には、よたよたと歩いているような感じのする子どもさえいます。園の先生方は、そうした子どもを標準にしているので、たまたまジャングルジムのてっぺんにのぼって立ち上がった子どもがいると、危ないからおりてくるように言い、それに従わないと、問題児にしてしまうほどです。

育児するママのことではない

子どもがやりたいというものですからという点にあったのですしたがって、子どものエネルギーは発散されず、意欲は乏しいし、体力も乏しく、運動能力は低いままなのです。夏季合宿での子どもたち私たちが主として小学生を対象にして始めた合宿の第1回は、昭和三十二年のことです。その頃の子どもたちは、合宿地(高原)に到着すると、一斉に戸外へ飛び出していって、虫取りをしたり、木登りを競ったり、林の中へ探検に出かけたりしたものです。当時は若かった私でさえ、子どもの後を追うのにふうふう言ったものです。子どもたちのエネルギーのすばらしさを肌で感ずることができて、それを大いに楽しむことができましが減少し、昭和四十年代に入ると、私が手本を示しても家の中でごろごろしている子どもがふえてきました。